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テーマ:政治の相互信頼、戦略的協力の強化
政治対話の前半部は2日全体会議の中で行われますが、後半部は場所を大連理工大学へと移し、中国の大学生300人の前で開催されます。
昨年の「第4回 東京‐北京フォーラム」では、東京大学を舞台に政治対話が行われました。
時間
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日本側
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中国側
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14:30-17:10
(現地時間)
15:30-19:10
(日本時間)
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司会 |
松本 健一 (評論家、麗澤大学経済学部教授) |
朱 峰 (北京大学国際関係学院副院長)
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パネリスト
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渡部 恒三 (元衆議院副議長、前民主党最高顧問) |
趙 啓正 (全国政治協商会議外事委員会主任)
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中谷 元 (衆議院議員、元防衛庁長官) |
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笹木 竜三 (衆議院議員) |
陳 健 (中国国連協会会長) |
11月2日、大連理工大学の伯川図書館報告ホールにて、「第5回 北京-東京フォーラムin大連」の分科会「政治対話」が開催されました。
午前中にメイン会場のフラマホテル大連にて行われた全体会議と、その後の政治対話の前半を受けて、大連理工大学に場所を移して行われたこの分科会では、日本側から渡部恒三氏(元衆議院副議長、前民主党最高顧問)、中谷元氏(衆議院議員、元防衛庁長官)、笹木竜三氏(衆議院議員)が参加し、中国側からは趙啓正氏(全国政治協商会議外事委員会主任)、呉建民氏(博覧会国際事務局名誉議長、中国外交部国際諮問委員会委員)、陳健氏(中国国連協会会長)が参加しました。司会は松本健一氏(評論家、麗澤大学教授)と楊泊江氏(中国現代国際関係研究院日本研究所所長)が務めました。
会場には大連理工大学の学生300名以上が参加し、日中の政治家に次々と鋭い質問をぶつけるなど、予定の時間を延長して活発な議論を行いました。
冒頭、 大連理工大学学長である欧進萍氏 が歓迎のあいさつを述べ、「このフォーラムは中日両国民の相互理解の促進に大きく貢献しており、ここにいる理工大学生にもぜひ、将来は中日友好の促進者になってほしい」と述べました。
その後、まず全国政治協商会議外事委員会主任の趙啓正氏が基調講演を行いました。この中で趙氏は「このフォーラムは中日両国間の関係が最悪だったころに、民間同士の対話として始まった」とフォーラムの過去を振り返ったのち、「中日関係は寒い時期から暖かい季節に移ってきており、将来は非常に明るいと思う」としつつも、両国の間には依然としていくつかの問題も残っていることを指摘し、「お互いについての不満も、しっかり話し合うべきだ」と述べました。そして、経済危機への対応や地球規模の環境問題など、日中関係という枠からより視野を広げる必要があるとし、日中間で話し合うべき問題も残っていると指摘しました。
続いて、前民主党最高顧問の渡部氏が発言しました。渡部氏は自身が政界入りした佐藤内閣のころには日中間の国交はなかったことを振り返り、「(日本は)中国の皆さんとともに世界を発展させていかなければならない」という強い思いを持ちながら訪中し、当時の周恩来首相に日本が中華人民共和国を正式政府として認める方針であることを伝え、日中国交正常化の一端を担った経験を話し、「長い政治家人生でも一番自慢できることだ」と述べました。そして、「(日中間に)色々な問題はあるが、結局は日本のため、中国のため、世界のために、やはり中国と日本はしっかりと手を携え、結束して頑張っていかねばならないと確信している」と締めくくりました。
こののちに発言した中国外交部国際諮問委員会委員の呉健民氏は、「(現在は)国際関係の重心が西洋から太平洋に移っている」と指摘し、日本を先頭に台頭を続けてきたアジア諸国は「21世紀の様相を一変させ」、アジアの大国である中国と日本の今日の関係はもはや「単なる二国間関係ではありえない」と述べました。しかし、21世紀が「中国の世紀」や「アジアの世紀」であるという意見には賛成できないとし、「19世紀はヨーロッパの世紀、20世紀はアメリカの世紀だったが、いずれも多くの人々を傷つけた。『アジアの世紀』などと言っていてはあらぬ疑いを抱かれてしまう。21世紀は平和と発展、全人類の世紀でなくてはならない」と強調しました。
元防衛庁長官の中谷氏は、アジアが世界でも独特の文化や伝統を持っていることをまず指摘した後、「アジアの国々がもっと連携すれば、アジアは世界でもっとも安定した地域になると思う」と述べました。そしてかつて東南アジア諸国の首脳からそろって、「日中両国はもっと足並みをそろえて仲良くしてほしい」との要望を受けた経験から、「日中の関係は東アジア全体、世界全体の発展につながると痛切に感じている。今後は欧州共同体のようなすばらしいアイデアを制度として作っていきたい」と述べました。
1998年から2001年にかけて駐日大使を務めた経験もある陳健氏は、中日関係をより改善していくために「あえて問題点を申し上げたい」とし、言論NPOと中国日報社が毎年実施している日中共同世論調査の結果を参照しながら、歴史問題やそれに関連した中日の政治家の言動が、両国民の相手国に対する印象を悪化させていることを指摘しました。そして、両国が歴史問題の障害を乗り越えたならば、次は「両国がお互いにとっての中心的な利害に配慮する」のが次のステップだと指摘しました。そして中日両国の中心的な利害について述べたのち、中日が利害を共有する分野として「例えばシーレーンの安全確保について両国民は心配しているが、これは戦略的な関係を作るチャンスでもあり、両国は協力できるのではないか」と述べました。
笹木氏は、政権交代を実現した民主党が何を目指しているのかを説明しました。その中で笹木氏はまず、「これからの30年間の一番大きな課題は、東アジア共同体を完成させることができるかどうかだ」と指摘するとともに、鳩山首相の「人間のための経済」という言葉にも触れ、先日発表した政府の雇用対策でも介護と環境対策を重視したことを紹介し、「環境問題が今後の東アジア共同体の発展に大きく関わってくる」との見解を示しました。
こののち、短い休憩をはさんで、パネリストと会場の学生との間で活発な質疑応答がなされました。
まず東アジア共同体については、その構築を担う人材の育成や、領土問題を抱えるアジアの国家間での主権の一部移譲は欧州と異なり現実的ではないのではないか、との質問がなされました。これに対して笹木氏は「東アジア共同体の構築のためには、まず各国共同のテーマ、プロジェクトを持たなければいけない。人材についても、例えば環境技術に関するプロジェクトに中国の人を巻き込んでいくことが重要だと思う」と答えました。また、松本氏も、「尖閣諸島などの問題から、もしかしたら戦争につながることがあるかもしれない。しかし、戦争を防ぎつつ、領土問題を解決するために、東アジア共同体があるのだと思う」と答えました。
呉氏は「東アジア共同体構想はASEAN+3会談などでも合意されており、歴史の流れにマッチする、必然の成り行きだ」としたのち、共同体の構築のために「着々と、少しずつ各国の共通の利益を見つけて、それを発展させ、最大化することがそのプロセスになるだろう」と述べました。
そして最後に、「(東アジア共同体の)構築にはかなりの時間を要する。第二次大戦後の欧州の知識人は歴史に先駆けて欧州共同体という理念を打ち上げ、徐々に発展させた。そしてこのフォーラムの意義は、中日の有識者同士が、そして有識者が若い学生と語り合うという点にある。若い人たちに、アジア諸国が一緒に発展するためにはどうすればいいのかを考えてほしい」と呼びかけました。
また、「今後10年間で、歴史問題以外に中国と日本が直面すると考えられる問題は何か」という質問に対しては、松本氏が「一番大きな問題はやはり歴史認識の問題だと思う。日本の学生には、第2次世界大戦を中国との戦争ではなく太平洋を舞台としたアメリカとの戦争だったという認識が強い。学校でそう教わっているからだ。しかし、日本はアメリカにも負けたが中国にも負けた。私は民主党の新人議員に、日本が近代のどこで失敗し、なぜ忘れてしまうのかについて講義することになっているが、これで日本全体の歴史認識もだいぶ変わるのではないか」と答えました。
最後に趙氏が会場の学生に対して「質問が的確で、非常に高いレベルを示してくれた」と感想を述べました。そして呉氏が、「若い人同士の交流が一番大事であり、日本のこと、アジアのことをよく知るべきだ。その中から、東アジア共同体を推進する人が出てきてほしい。アジアが復興することは人類にとって大きな貢献であるし、それを見据えて中日間の問題を処理していかなくてはいけない」と締めくくりました。
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