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「第3分科会 発言要旨」 前半

木村医量【日本側司会】(以下、木村【日】):

この分科会では、①日中世論調査の中から何が読み取れるか、②日中のメディアは何を伝えているか(=メディア検証)、③どのような協力関係が模索できるか、この三点について議論を深めたい。

劉北憲【中国側司会】(以下、劉【中】):

80~90%の国民はメディアを通して相手の国を理解していることを考えると、今回のテーマの重みを感じる。日本と中国のメディアの違いと共通点についても議論したい。

添谷芳秀【日本側問題提起者】(以下、添谷【日】):

第一に言いたいのは、情報源としてメディアが秀でて大きな役割を果たしているということ、それゆえにその重要性は強調してしすぎることはないということである。

世論調査における日中両国の政治思潮についての調査では、お互いを似たようなパラダイム(軍国主義、国家主義等)をもとで認識しているということが 明らかになった。日本側も中国側も、このような現実に直面したときに、お互いに対して「そうではない」ということを言いたいのだろうと思う。両国ともに、 下位にあるもの(民主主義や国際協調主義)の方が真実だ、といいたくなるであろう。日中両国は誤った前提にもとづいて理解するということになってしまって いる。しかし一方で、現実の日中関係はこの相互認識が前提とするものとはならないことは明白である。相互認識が間違っていれば誤りを正せばよいのだから、 展望は十分にある。そのためのメディアの役割は大きい。

世論調査において私が注目したのは、両国国民の認識が必ずしも相手国に対して否定的なものではないということである。歴史問題においてはたしかに国 家主義パラダイムがでてくるが、しかし市民の日常的な認識は、必ずしもそうではないのである。多元的な社会の日中関係の構築、これをサポートするメディア の役割は大きい。しかし、あえて申し上げれば、現在のメディアは日中の相互認識を深めているというよりは、相互の誤解を増幅している。問題は、メディアが お互いをステレオタイプで報道し、その中に日常的な情報を落とし込んでしまうことにある。ステレオタイプの増幅が国家主義的対立を増幅させていくとすれ ば、そうではない形でのメディアの役割はきわめて重要である。お互いがお互いを見る見方が多元的になることで、多くの問題が解決されるであろう。現状を見 てみれば、基本的にはきわめて多元的である。歴史問題に関して言えば、日本側の見方は決して一枚岩ではなく多元的であり、中国側がその状況を理解すれば両 国関係は改善が見込まれるだろう。

劉【中】:

調査が定性的なものから定量的なものになり、データをもとに分析する方式に変化した点は大変な進歩である。しかしこのことは、この世論調査結果を全 く正しいものとしてそのまま受け取っていいということではない。参考にはなるが、これを政策における意思決定の唯一の根拠にしてはならない。結果に対して 客観的な立場を取るべきである。 

現代社会の三本柱は、民主主義、市場経済、マスメディアである。国民の情報源は主としてメディアに依存しており、そのメディアは現在、新聞・雑誌・ラジオ・テレビあるいは急速に発展しているインターネットなど、多様な形態をとっている。

同じ事柄に関して、異なるメディアによって異なる見解が述べられる。このことは多元的な声が生まれているという点でまことに正常なことである。

また、これまでのメディアはニュースメディアとして存在していたが、現在のメディアは教育・文化・科学技術・エンターテインメントなども取り扱い、多機能である。

人間が作っているものである以上、メディアは誤った報道をしてしまうこともある。だが社会の良識として、日中関係の構築のためにメディアは積極的 なドライビングフォースとなるべきである。そのためには、メディア自身がその役割を①やりたいのか(意思)、②できるのか(能力)、③やるのか(実行)と いう三つの段階を一つ一つクリアしていくことが必要である。

今井義典【日本側コメンテーター】(以下、今井【日】):

まず、中国で世論調査ができるということに大変驚いた。定量的なデータが入っていることを重要視したい。日本側の調査結果について驚き、また反省し なければならないことは、日本のメディアに対する評価が低いということである。日本国民の多くが日本のメディアにバイアスがあると考えているとしたら、お 互いの強い不信感をどう解決していくか、そしてその中のメディアの役割は何かを再確認し、自分たちの仕事を改めて考えていく必要があることを強く感じた。 「真実はひとつ、しかし正義は必ずしもひとつではない」と考えている。正義を精査し、見極めていく作業が必要で、メディア自身、そして社会・市民もそれを しなければならない。お互いに非常に高い好感度を持っている独仏国民のように、日中関係も両国民がお互いに大いに好意を持つような関係になればよい。

張一凡【中国側コメンテーター】(以下、張【中】):

日本国民の中国に対する注目度が下がっていることに非常に驚いた。メディアが果たすべき役割を果たしていないと感じる。主催者の一人として、チャイ ナデイリーは中日関係の改善に寄与していることを確信しているが、お互いの真実を語ることがまだできていないように感じる。中国にとっての中日関係の重要 性は第一位ではないかもしれないが、第二位には確実に入る。チャイナデイリーの論説のページでその日本が取り上げられることはまだあまりないという状況は 改善していくつもりであり、今後は日中関係のことをもっと取り上げていく。論説や社説に注目していただきたい。

山田【日】:

メディアは相互誤解を増幅しているという話に関していうと、私は去年の分科会にも出席したが、お互いがお互いの報道に対する批判をしていたことが印 象に残っている。それで日本の報道が改められたということはないかもしれないが、その現実を認識でき、日本メディアの幹部の一人として、昨年の分科会参加 は大変意義のあるものであった。

冷戦後、自分の国は自分で守るということから、ナショナリズムが勃興してきた。日本の現実的な政治意識が生まれ、研ぎ澄まされてくる中で、靖国参 拝に対する中国側の批判は、「駆け引き」としてつかわれているのではないかという認識がインテリ層で広がっている。あえて申し上げれば、私はこれはある程 度真実であり、一般の問題に関して言論の自由があるとしても、中国は歴史問題などのデリケートな問題については多元的な報道ができないのではないかと思 う。

劉【中】:

国民の感情の問題。両国は歴史問題や現実的な問題によって、愛憎相半ばするという状況にある。しかし、悲観的になるべきではない。

範士明【中国側コメンテーター】(以下、範【中】):

メディアが報じる日中両国のお互いの姿が、かえって関係悪化を招いているという話があるが、私は現状を重く受け止める必要はないと考えている。メディア関係者はリラックスしていいと思う。

第一に言いたいのは、メディアは二国間関係の変化のあり方を取り上げるべきであり、変化の原因を逐一取り上げるべきではないということである。日中 関係変化の原因をメディアのみに帰することは不毛である。メディアが情報源として理解のための手段になっていることは世論調査でも明らかであるが、それが すなわちマイナスイメージを形成しているということではない。同じ事件を見ていても、違う理解はありうる。情報源は重要であるが、決してそれだけがいけな いということではない。

第二に、メディアが果たす役割は消極的な役割だけではないことを強調したい。積極的な、建設的な役割を果たすこともできる。ある状況は複雑な要因によって形成されているのであり、メディアはそのひとつであるにすぎない。

第三点として、メディアにはさまざまなメディアがあるということである。「日本メディア」「中国メディア」と一概に言うことはできない。

小林陽太郎【日本側コメンテーター】(以下、小林【日】):

メディアを十把一からげにすることはできない。本来、新聞や雑誌、テレビなど、いろいろなメディアがそれぞれの立場で事件を分析することによって、視聴者に対して複眼的な視点を提供する、それがメディアの理想的なあり方である。

世論調査については、たしかに問題はあるが、日本人も中国人もお互いの政治思潮をよく見ているのではないかと思う。日本に対する経済主義、国家主義という認識などは、ある程度合致している。複数のメディアが、結果として、正確な情報を提供していると考えている。

運営上の問題など、メディアには現実的には様々な制約があるだろうが、それを越えた上で客観的な報道をするのが、プロの仕事である。メディアの責任について、関係者は正面切って取り組んでもらいたい。

工藤泰志【日本側コメンテーター】(以下、工藤【日】):

このセッションは現在の日中間の認識問題に向かい合おうとするものである。この世論調査は少なくとも国民が考えていることの判断材料にはなってい る。パネリスト自身が、日本はどんな国だと思っているのか。率直に聞きたい。日本を軍国主義的、民族主義的国家と認識しているのか。

張【中】:

個人的な見解を申し上げると、日本はひとつの国として、軍国主義の道に進むとは私は全く考えていない。

歴史問題に関して、日本人は考えを持っているだろう。日本が反省していないとは考えないが、しかし個人的な感触からいえばどちらかというとそれは成熟していないと感じる。一方ドイツはかなり深く反省していると思う。歴史問題の解決は、日本国民の判断に委ねられている。

添谷【日】:

日本側と中国側の相互認識のコンテクストは必ずしも同じではないと考えている。小泉内閣以降の外交政策は、国家主義や民族主義などの潮流が体系的に 起こっているわけではない。別々のコンテクスト、背景のなかでおこっている個別的な出来事であると思う。中国側はそうは考えていないのではないか。日本側 の中国の政策に関する見方にも同じようなことがいえると感じる。

今井【日】:

日本人の中では、太平洋戦争で米国に負けたという意識はあっても中国に負けたという認識が低いことはたしかである。しかし、ドイツの場合には「ユダ ヤ人の殲滅」という点に質的な差異がある。ヨーロッパの他の諸国も、意識的・無意識的にそれに加担したという負い目がある。ナチスと同列に議論することに は大いに疑問がある。

「第3分科会 発言要旨」 後半

木村【日】

メディアのプレッシャーというのは何か。メディアの多様性(インターネット、ブログの普及)が中国という国家の在り方とどのように影響するのか。

熊澄宇【中国側問題提起者】(以下、熊【中】)

新メディアの発展が世界と同様に進み、社会の進歩のあらわれである。ブログに関して言えば、普通の報道と違い、認可のプロセスを経ないメディアである。ただし、ブログは個人主体の手段であるので、大衆への情報発信とは異なる。

アクセス数の多いブログには、三つのタイプがある。一つは有権者との交流が重要な政治家。次に、ファンとの交流が目的である芸能人。最後に、企業の知名度向上を狙う企業家である。

各メディアは違う機能を果たし、相互に補完する関係にある。最近、主に政府がインターネットをコントロールするようになってきたのは、新メディアを重要視するようになった証拠だ。この新しい情報技術に対する管理は、新しい情報技術を有効的に勧めるためのものである。

木村【日】

再度、前半の山田氏から質問に即し、どこまで中国の言論の自由は徹底されているのか。

範【中】

昨年、私の提唱した「三つのP(Public, Politics, Profit)」というメディアへの影響は、どの国でも見られる。メディアは政治の影響を受け、自分たちに有利な報道をしてほしいものである。質問の背景 には情報の流動により民衆が生まれるという仮説があるが、これは学術的に裏付けられるしっかりした根拠はない。むしろ、政治的民衆によって情報が生まれ る。

中国は情報がオープンになり、多元化している。中国は情報を管理するが、その時は情報技術を活用する。ここに、情報の自由化の高まりと政府の情報管理能力の高まりという新しいバランスが存在する。

山田孝男【日本側コメンテーター】(以下、山田【日】)

どこの国でも政治的プレッシャーはあるが、その程度は違う。週刊誌「氷点」の発行中止問題は、中国において従来の歴史認識に対する挑戦であり、政府に受け入れられなかったと見るが、これは間違った理解か。

劉【中】

「氷点」問題に関しては若干の認識の違いがあるようだ。決して停刊させられたということはない。

山田【日】

日本では「氷点」問題が注目されていることを伝えたかった。

木村【日】

疑問点を解消していくことが目的なので、中国の方々に日本のメディアの在り方についての指摘・批判を是非いただきたい。相互尊重という精神の下、厳しい議論をしたい。

劉【中】

テーマに即して、今後何ができるか。

熊【中】

メディアが日中関係改善にどう役割を果たすか。山田氏は一つの事例を示したが、私は反日デモ後の日本の新聞社説のタイトルを紹介する。

△△新聞「中国の反日の波というのは非常に真相に至ったものである」
「日中関係を越えて一歩を踏み出そう」
〇〇新聞「中国の責任は明確だ」
「中国側が謝らないのは理解できない」

以上の言葉の違いから分かるように、メディアには言葉の偏った使い方が存在する。かくの状況下で、日中関係改善は厳しい。歴史・未来を出発点として衝突を増やさない努力が必要である。

メディアは社会の公器として、良識を持ち、自己を律する必要性がある。言論の自由とは、公民が自分の考え方を述べる場における権利である。中国は日 本と異なる発展のプロセスをたどっており、その社会制度は異なる。中国はその制度を押し付ける気もないし、他国の制度を押し付けられたくもない。

ひとつの社会を急に変えることはできないが、中国の法律・法規が許す範囲内での自由度は高くなった。ただし、国情の違い、社会制度の違いは尊重されるべきであり、その違いに見合った言論の自由がある。

木村【日】

違いをあげつらうのではなく、これからは提言を。

小林【日】

ひとつだけ質問をしたい。反日デモに関して、中国側は謝罪すべきではなかったか。ひとつでも「謝罪すべきであった」というメディアはあったのか。

熊【中】

反日デモに際して、中国は一部の日本の事情に詳しい人を派遣して説明するという対応をした。政府の発表には温度差があるが、背景には「政冷経熱」と4つの特徴「困難性」「複雑性」「感情性」「長期性」がある。

両国の民族の感情を傷つける事態をのぞんでいない。いかにプラスの方向に持っていくかが重要である。

小林【日】

私が聞きたかったのは、中国政府が日本に対して謝罪してもよいのではないかという記事を記したメディアがひとつでもあったのかという点であった。

今井【日】

もしそのような記事があれば、当時の日本人の感情や受け止め方にも変化があったのではないかと思う。

範【中】

私は政府のやり方には問題があったと感じている。メディアは反日デモと暴徒化をしっかり分けて、暴徒化してしまったことを批判すべきであった。結果的に、マイナス点ばかりに注目が集まってしまったことを残念に思う。

今井【日】

日本のメディアにも、政府・市場・大衆という影響力があるが、中国との違いは、「知るべき権利」に応える姿勢である。例えば、米国雑誌のWEBに 「中国当局は今後、社会的な影響を考え、大事件に関する報道を規制する法案を考案中」との記事があったが、中国のメディアはこの状況をいいと思ってるか。

熊【中】

中国政府関係者に確認しても、その情報は正しくない。報道は「真実であること」を追求すべきである。その海外のWEB情報は事実の歪曲である。

劉【中】

制度が違うので、人と人によって受け止められた結果は違う。日本は自由・法治国家であるが、中国は同様の目的を目指す過程で、メディアはいかに正しく報道するかが重要である。従って、マスメディアが間違った報道をしたときには責任を追及されなければならないと思う。

相互理解を推し進めていくべきである。事実の報道のみならず、「知る権利」を知ってからどうするか。中国メディアはこのことを考える必要性がある。

木村【日】

確かに違う受け止め方がある。では、共通の言論空間を形成していくためには?

添谷【日】

理屈上は、政治・市場・大衆の中でのメディアの役割を考え、事実を国民に提供する、という二点を前提に、選択すべき情報は何かというメディアの主体 性の問題を考える必要がある。メディアが情報を取捨選択する際、何らかの判断基準があるわけだが、その際、ステレオタイプの考え方に基づいてそれを選択し てしまっていることがある。だが、現在、 日中は過渡期にあり、ものごとは流動的であるということを認識すべきである。そして、ステレオタイプの視点から 脱却して、事象をみてゆく必要がある。このことが、ここにいる関係者の課題であるといえよう。

木村【日】

中国側にはどんな具体的な提言があるか。

熊【中】

日中のメディア・国民にとって、理解・コミュニケーション・尊重が大切である。今日のような腹をわった交流が理解の潮流になる。

まず、できる限り両国のメディアがお互いを信頼できないような報道の循環から脱却したい。共通点の模索からお互い積極的にプラスにもっていく報道ができないだろうか。

次に、メディアと政治家・大衆との間で相互の信頼を構築し、理解を促していきたい。

最後に、双方のイデオロギーや文化の違いを認め、それを尊重したい。共通点を見つけ、差異を残し、現実的に仕事に邁進していきたい。

劉【中】

日本のTVドラマ「おしん」は湖南省で再放送されるほど、人気がある。

熊【中】

どういう問題があり、どういう方法があるのか、どういう解決への方向があるのかを考える必要がある。両国相互訪問によって、認識がより深くなって、社会により深い形で入っていくことができればよい。

山田(日本)

メディア側としては、一生懸命やっているが、ステレオタイプに陥ってしまうことがある。養老孟司『バカの壁』の中での結論は「多元主義」「自然に帰れ」ということだ。情報は変わらないが、人間は変わる。土地と人間が大事ということを教えてくれる。

範【中】

なぜ日本の印象は好転したのかという質問に対して回答したいが、昨年度の世論調査は反日デモ直後にとられたためと思われる。

マスコミにすべての責任を押し付けてはならない。交流は文化からスタートすべきである。急に政治面において大きな方向転換をすることは難しいが、中国の文化に関する情報を報道することはできる。80年代の日本の連ドラ放映は、親近感が生まれたものである。

現状では、過激な人の声が大きく増幅され、理性ある人々の声が報道されないという状況、「沈黙の循環=Silence Spiral」があるが、勇気を持って表に出て、変えていかねばならない。しかし、マスコミだけでできるわけではない。日中間の長期的利益を考えるべきで ある。

■ 質疑応答 ■

傍聴者【日本】

一つには、お互いの国についての偏らない認識・理解を深めるため、日中双方のジャーナリストの交流を増進すべきである。そして、お互いが国内の国民に対する意識が強すぎるので、相手国の国民世論に対する影響についてももっと考慮すべきである。

傍聴者【中国】

日中は特別な関係であるので、「遠慮」が不可欠である。

今井【日】

私も日米の貿易摩擦の時の経験から、民族的な枠を超えなくてはいけない。今のメディア環境は、急ぎ・早く・分かりやすく伝えることにあるが、特に早く・分かりやすくという点で利用される傾向にある。

ポジティブな提言を言えば、心の琴線に触れるものを見つけて、共同制作などにつながる努力の積み重ねが必要である。

劉【中】

ジダンの頭突き事件は、見る人によって見方も結論も違う。異なる見方が出るのは、当たり前だ。「ローマは一日にしてならず」である。我々のような信 頼関係があれば、意見の闘わせ合いによって、前進へ向かわせることができる。カワムラさんの先程の提案についても賛成する。合意さえとれれば、メディア間 の人材交流事業を明日の報告で是非取り上げたい。

小林【日】

結果として、率直な意見の交換があり、メディアの役割の大きさが確認された。メディア間の人材交流は私が座長をつとめる21世紀委員会でも検討され ているところである。ただ、未来のアジア・新たな日中関係を考えると、二国間だけに限らず、第三国をも含めて我々の根を広げる可能性もありうる。日中間の 関係を日中だけで考えるのでは不十分ではないだろうか。

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2006年08月04日 05:22

親カテゴリ: 2006年 第2回
カテゴリ: 発言録