.
言論NPOは、2007年8月15日東京大学本郷キャンパス内において、日本に留学している中国人学生4名(女性3名男性1名)と日本人学生4名(女性2名、男性2名)、計8名による日中学生座談会を開きました。
言論NPOが8月17日に発表した日中共同世論調査結果が一足早く紹介され、日中世論の認識ギャップや、歴史問題など、両国の国家間のみならず国民間の友好関係を考える上で大切なことは何かについて、率直な意見交換が行われました。
座談会は当初2時間の予定でしたが、議論は盛り上がり、結局4時間にも及びました。終始問題意識は高く保たれ、熱のこもった、しかし、穏やかで冷静な議論が行われ、このような機会がなければ知ることのなかったかも知れない、両国の若者の本音に触れ合える貴重な時間になりました。
以下にその議事録をまとめましたので、公開いたします。
甲・乙・丙・丁は中国人留学生です。
A・B・C・Dは日本人学生です。
―――今日はよろしくお願いいたします。最初に自己紹介をお願いいたします。
甲: はじめまして。大学院で経済学の勉強をしています。私は日本の文学が好きなのですが、なかでも、森鴎外の「舞姫」や、夏目漱石の「こころ」が好きです。よろしくお願いします。
乙: はじめまして。私は、大学院で国際関係、日中関係の勉強をしています。よろしくお願いします。
丙: はじめまして。私は、大学院で日本政治思想史の勉強をしています。日本に来て2年になります。日本に留学している中国人学生の一人として、日中関係などにとても関心を持っています。どうぞよろしくお願いします。
A: 私は、大学の英文科に所属しています。中国映画が好きです。ただ、映画は中国の一部分を切り取ってそれが全てであるかのように描いてしまいがちです。なので、今日は中国社会が持っている他の一面にも触れられればと思っています。
B: 私は大学院で国際関係の勉強をしています。日中関係は大変重要だと思っています。今後日本の経済力や影響力は段々衰えていくなかで、日米中のバランスが変っていくと思っています。そうした中で、日中関係のあり方を考えていきたいと思っています。よろしくお願いいたします。
丁: 日本に留学に来て半年になります。政治学と行政学を勉強しています。2005年の反日デモを実際に見ましたが、それは「お祭り」のような、ストレスの爆発、出口のようなものに感じました。
丙: 確かに貧富の差が広がっているからか、貧困層のストレス発散という感じを受けました。
甲: それに、デモ自体、明確な目的・目標を持っていませんでしたね。
―――自己紹介を続けさせていただきますね。
C: こんにちは。私は大学院でEUの勉強をしています。ヨーロッパ統合は、アメリカが外部ファクターになっていましたが、今日はEUから見た中国という視点も考えたいと思い、勉強させていただきたいと思って参加しました。よろしくお願いいたします。
D: はじめまして。私は歴史問題に関心があって、今日は参加しました。靖国神社が外交問題になっていても、中国の留学生は穏やかに日中問題を話すことに驚きました。
乙: 一般的に、日本に居る中国人は冷静に語るけれど、中国に居る大学生は日本政府が嫌いで、激しい意見や行動をとる傾向があると思います。
B・D: 日本にいる日本人にも中国政府を批判する人たちが多いと思いますね。
「2007年 日中共同世論調査」 結果 はこちら
C: 「中国は軍国主義」という印象が日本人の間で強い(35.5%)ようですが、これは、戦中の日本などのような意味での軍国主義というよりも、これは軍事大国化しているという印象なのでしょうね。
丁: また、「中国は大国主義」だという印象も強い(33.3%)ようですが、これは、イデオロギーではなく、現実主義が強まっているということだと思います。共産党はイデオロギーは関係なくて、具体的な事件に応じて対応を考えています。
A: また、「中国は全体主義(一党独裁)」だという印象も日本人の間で強い(27.4%)ようです。中国が一党独裁で大国主義になってしまうとそれは、日本にとって脅威だということになってしまいますが、中国の方はどう思われますか?
丁: 中国は、他の国に思われているほど一党独裁ではないと思います。分裂してしまうという緊張感が昔からあって、統一していきたいという努力が常に払われています。
確かに中国共産党は強力ですが、地域の住民にとっては、中央政策よりも、地方政府の政策の方が身近です。地方分権、地方自治なのです。
D: 私も上海に旅行したとき、露店の人が、地方政府は身近だけれど、中央政府は関係ないという話を聞きました。
甲: でも、私の認識では、政治的に中国はひとつにまとまっていると思います。チベットや台湾も中国の一部だと思っています。でも、チベットと台湾の人たちは違うアイデンティティを持っていますね。
丁: 最近の中国の国民には、悪い傾向があると思います。中国では人間関係が一番大事です。法律や制度ではなく、informal networkの中で何かをしようとします。民主主義的な制度が増えてきていても、ルールや制度の中で自分の能力で競争していくというのではなくて、現在の腐敗した体制の中で、人脈を作って権力を得ていこうという人が増えている気がします。
甲: informal network自体は悪いものではないと思いますが、丁さんがおっしゃったような傾向については、公平性の問題はあると思います。公正の競争の場が失われるのは良くないことだと思います。
でも、公平性がどのくらい守られているかという事情は地方によっても差があるようですね。
丁: 中華人民共和国成立時はエリートの革命でしたが、現在はメンバーの構成層を拡大して7000万人もの党員がいて全国民的な政党になっています。内部では派閥や世代間での対立も複雑に絡み合っています。
しかし、政権内で貧しい人たちが代表されていません。全国人民代表委員会のメンバーはみな金持ちです。社会的権力を持っている人は裕福な人です。
D: 中国政府の再配分政策はうまくいってないのでしょうか?
丙: 「西部大開発」は進んでいます。沿岸から内陸への援助や、交通整備もしようとしています。
しかし私は日本でNHKの「激流 中国」を見て大変驚きました。内陸部の貧しさが、これほどまでとは思っていませんでした。中国のメディアはそうしたことをほとんど報道しません。
丁: 政府は再配分政策を2つ行っています。ひとつは農業税の排除です。これは中国の歴史上、この2000年で初めてとも言えるような画期的な政策です。
もうひとつは義務教育の学費免除です。これは経済発展の恩恵です。ただし、これはもともとなされるべきことだとも思いますが。
丙: しかし中国は広いですから、中央政府の政策が末端まで及ぶでしょうか。
丁: そもそも中央政府の税よりも、地方政府の税の方が重いです。様々な手続きのコストも地方では高いです。地方政府が中央政府の政策と歩調を合わせるかどうかでしょう。しかし、地方政府が中央政府から流れてくるお金を横取りしていた例もあります。
甲: しかし、そういう例は少ないでしょう?
丁: 実態をもっと把握したいですが、現在はそういうことを調査することができません。
甲: 政府は貧富差については対策をとっています。中国の経済政策の方針は、先に勝てるものを育てる政策なのであって、見捨てているわけではありません。貧富差は再配分政策の実効性の問題なのです。
丁: 一部の人は豊かになってきました。でもその金持ちたちを政府はコントロールできなくなってきているのではないでしょうか。再配分ができるか心配です。
D: 政府の基本的な役割のひとつは、富の再配分をすることだと思います。中国大企業は、国際競争力をすでに十分に持っていると思いますから、保護政策はもう不要なのではないでしょうか。
B: しかし、中国の経済成長は今後、10%の成長をキープできるのでしょうか。外資の参入も飽和してきてはいないでしょうか。
甲: 市場ルールの整備ができていません。知的財産の保護もできていません。中国経済はまだまだやらなければならないことがたくさんあると思います。
D: 中国で、経済成長以外のことでの「発展」したことはありますか?グローバリゼーションとの出会いの中で吸収したことなどはありますか?
甲: ライフスタイルでしょうね。西洋的になりました。
乙: ものごとの考え方や関心をマナーがよくなりました。30年前の文化大革命で色々なものが壊れてしまいましたが、物質的な基礎を回復したので、マナーも回復したと思います。
甲: でもマナーは、文化によって異なりますよね。例えば、中国では、お客は出された料理を食べ残さないといけないというのがあります。そうしないと、もてなす方は足りなかったのかなと思ってしまいます。
丁: マナーは形式的なもので短い時間でマスターできますから、教養と言ったほうが良いでしょう。
文化大革命では、色々なものが壊れましたが、全国の教育システムが壊れたことも大きいと思います。それまではきちんと教えていたことを、教えなくなりました。そのことは今後も影響が出るだろうと思います。
中国の都市部富裕層の間では今、経典(四書五経)を読むブームがあります。これは、精神的な面でアイデンティティを見つけようとしているということではないでしょうか。
また、上海では「塾」が出てきました。しかし、学校に行かなくなるような毎日通う私塾は政府の指示で禁止されました。そういう塾では、子供が孔子の像にお辞儀していました。
古典の復興なのだと思います。服装も、唐の服装、漢の時代の服装をする流行があります。
甲: しかし、文化大革命の前の卒業式ではそういう服装をしていましたっけ?(笑)
C: しかしそうした流行は教養というよりはナショナリズムではないでしょうか。
D: 日本人は、西洋の文化と日本の文化の折り合いをつけるのがうまいように思います。日本は文化を吸収する側であることに慣れているのではないでしょうか。
どちらかというと中国は文化の発信側だから、グローバルスタンダードとの間で葛藤があるのではないでしょうか。
D: 中国では言論の自由はどの程度認められているのでしょうか。
丙: マスメディアに対する統制はありますが、生活レベルでは何をしゃべっても自由です。
自由ではないというイメージは、政治の面です。直接選挙もありませんし、言論統制も厳しいです。しかし前よりはよくなってきました。
ちなみに、反日デモの原因は反日教育だと言いますが、違うと思います。私たちは、愛国教育は受けましたが、反日教育は受けていません。
逆に「日本国民は戦争の被害者」であるという話も教えられました。ただしこれは、国交正常化のために、国民を説得するために政府が出したものですね。
甲: 中国からすると「清算」という言葉がしっくりするように思います。当時の被害を民間の人は忘れていません。子供や孫に語り継いでいます。しかし、日本では語り継がれていません。このままだと歪んでしまいます。
C: 歴史問題が今日までずれこんでいるのは、これまでは日本はアメリカに追いつけ追い越せで、中国を向いている暇がなかったというのもあるかも知れませんね。
丁: 中国人が求めていることは簡単なことだと思います。かつて、ドイツのブラント首相が行ったように、自分の犯した罪を堂々と認めて、悪かったと認めて、心から反省して、これからは明らかな新しいページにしましょう、ということだと思います。
日本側でも、何度も何度も反省したと言っていますが。
D: 日本は、せっかく公式見解では謝ってるのに、謝っているという雰囲気作りが不足していると思います。
丁: 歴史問題に関して不用意な発言をする政治家が責任を問われないと、日本は本当に謝罪しているわけではないのではないかと、思ってしまいます。
甲: 戦争は上の世代がやったことだから、と考える日本人は多いと思います。それは、国を背負ってない日本人が多いということがあると思います。
村山談話が出てるからいいやとか、国が謝ってるからそれでいいや、ということになってしまう。
個人も向き合わないといけないと思います。
D: でも、中国と違って、戦争経験を語り継ぐということが日本では行われていません。私の祖父などもそうですが、戦争に行った日本人は、心が傷ついていて、戦争のことを話そうとしません。このまま戦争を経験している世代がいなくなってしまうことで、「風化」してしまうことは解決ではないと思います。
「清算」という言葉はいいと思います。なんだか次にいける感じがするからです。 でも、終わったという象徴的な何かも必要ではないでしょうか。
甲: 今の日中関係はまだ始まりに過ぎないと思います。
実質的な交流がもっと必要です。官と官の交流は自動的にやるでしょうから、民間の交流を促進させることが大事だと思います。最初は、一部分の日本人だとしても、それでもいいのです。
個人的には文学が好きですが、日本の漫画、映画、小説、ファッションなどに興味を持つ中国人が増えることも良いことだと思います。
私の興味が深まったのは、中国の教科書に載っていた「いっぱいのかけそば」です。
戦後の貧乏な日本人の心のつながりや、前向きに将来を考える日本人を感じました。
日本人を生々しい人間として感じたのはそれが初めてです。
歴史問題だけにこだわらず生き生きとしたコミュニケーションをしていくことで、歴史問題なども乗り越えていけると思います。 楽観的では明るい未来があると思います。
C: 歴史問題が今日までずれこんでいるのは、これまでは日本はアメリカに追いつけ追い越せで、中国を向いている暇がなかったというのもあるかも知れません。そうしている間に、今では、広島に原爆が落ちたことも知らない日本人の若者もいる時代になってしまいました。
それではこれから日中はどうしていけばよいのか、ビジョンを持つことが大事だと思います。
日中で共同プロジェクトを増やすのも一案だと思います。
乙: 日中の経済関係は良好です。2005年のデモが起きても、影響を与えていないことはありがたいことだと思いました。
政治関係は、歴史問題が大きな存在ですが、基本的には日本国内の問題だと思います。
十分に議論して欲しいです。でも、最低限、主要な政治家は過激な言論はしないで欲しいと思います。
丁: 学部時代に(言論NPOがやっているように)世論調査をやってみようと思ったが、できませんでした。ある問題を議論するときには、現実の状況をまず認識することが必要だと思います。日中関係のように大変複雑で大きな問題であればあるほど、具体的な細かい部分からやっていかないといけないと思います。
国際関係、日本政治の勉強をこれからも頑張っていきたいと思います。
D: 歴史問題に興味があったからそれを話せたのがよかったです。また、官官交流の域から出てこない外交政策の授業では、不完全燃焼を感じていたので、今日の様な民間交流の切り口で話せたことも良かったです。
民間交流と外交政策の2本立てで、平仄を合わせて実行していかないといけないと思います。今日は中国の人もそう思っていることを聞けてよかったです。
甲: 歴史問題などの話題について、中国人留学生に気遣う必要はありません。お昼食べながら話せます。これは私だけではないと思います。
この夏休みには、日本人の友人の田舎の方へ旅行をしますが、明るい中国を見せようという気持ちでポジティブに交流していきたいと思っています。
B: 今回の座談会を通じて、日本人と中国人は予想以上に双方の互いの誤解が多いことに驚きました。両者はもっと互いの理解を深める努力をするべきであると感じ,また私自身今回の座談会で、かなりの部分で今までの中国に対する認識を変化させられました。文化の違い、価値観の違い、言語の違いなどが目立ちやすい日中関係ですが、両者が互いに友好を深めていくことでお互いをより一層理解し、アジア的な価値観を見出していくことが可能ではないかと思いました。
A: 日本人、中国人ということに縛られすぎず、本音で率直に話せば互いの考えは理解できる、というある意味で当たり前のことを実感しました。背負っている文化や歴史は違っても、1つ1つの事柄や課題については、中国人だから日本人には分からないようなことを考えている、というようなことは全くありませんでした。
もちろん歴史問題や資源・エネルギー問題などは、日中間の重要かつ困難な課題として存在していますが、だからこそ相手を信頼し、双方がより納得できる形での解決を探るべきだと思います。
そして、そのために、まず僕自身が中国や中国の人と、もっと直に触れていきたいとの思いを新たにしました。
また、様々な角度からのアンケートを共有し、冷静に話し合うことで、表面の意見だけでなく、互いの考え方や価値観まで掘り下げて理解できたと思います。
言論NPOは、問題意識を持った人が集まり、真正面から議論できる場だと再確認し、このネットワークを広げるために、自分にできることをしたいとの思いが強まりました。
言論NPOは2001年に設立、2005年6月1日から34番目の認定NPO法人として認定を受けています。(継続中) また言論NPOの活動が「非政治性・非宗教性」を満たすものであることを示すため、米国IRS(内国歳入庁)作成のガイドラインに基づいて作成した「ネガティブチェックリスト」による客観的評価を行なっています。評価結果の詳細はこちらから。