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1つは、日本と中国の両国民の相手に対する印象や、両国関係に対する認識の変化についてである。
ここでの明確な特徴は、日本人、中国人共に相手国に対するマイナスの印象はまだ高水準ではあるが、ともに好転し始めている、ということである。特に中国人の改善傾向は大きく、日本に対する「良い印象」は昨年から10ポイントも改善している
しかし、こうした相手国に対する印象の改善は、現状の日中関係に対する評価にそのまま繋がっておらず、特に中国人では一昨年から始まっていた対日関係への評価が足踏みしたことには、注意を有する。
例えば、現状の両国関係に対する日本人と中国人の評価はやや非対称な動きを示している。例えば、現状の日中関係を「悪い」と見る日本人は昨年の83.4%から71.9%と水準自体は重いが、前年比で大きく改善している。日中関係の今後の見通しに関しても日本人は「変わらない」が最も多いが、「悪くなっていく」は昨年の36.8%から、今年は12.7%と大幅に減少し、逆に「良くなっていく」が若干だが増加し、楽観的な見方が出始めている。
これに対して中国人の現状の日中関係に対する評価が昨年からは改善していない。中国人で現状の日中関係を「悪い」と見る人は67.2%(昨年も67.2%)で、2005年の調査開始以来最悪だった一昨年の2013年の90.3%からは大幅に改善したが、昨年と同じ水準で改善が止まっている。
今後の日中関係についても「悪くなっていく」は昨年の49.8%からは減少したが、それでも今年も依然41.1%と4割以上もあり、日本人ほどに日中関係の改善に確信を持てていない。
なぜ、こうした矛盾した傾向が共存しているのか。それが、国民間の基本認識で今回、抑えておかなくてはならないもう一つの特徴である。
その理由は、この世論調査の調査期間とも無関係ではない。 今回の調査は、日本の安倍談話が公表され、かつ北京で軍事パレードが行われた時期と重なっている。私たちは、国民の最新の民意を把握させるために、8月後半に調査を開始している。
その影響を私たちは、ここで認めざるを得ない。今回の多くの設問でも中国側の歴史認識を巡る警戒心や厳しい認識が、浮き彫りになっている。
両国政府間の改善は始まったが、歴史認識を巡る政府間の行動が、日本人よりも特に中国人の関係改善に対する確信を妨げている。つまり、戦後70年に伴う両国政府の行動や、安倍談話などをめぐる警戒心が、政府関係の改善を充分評価できない環境を作り出していただけではなく、歴史認識を巡る中国国内の厳しい論調を作り出していたのである。
安倍談話自体は、侵略戦争を認め、困難の平和解決を求めるものとなったが、それに対する中国での報道もこの調査時点で十分なものだとは思われない。今回の政府間の動きが、戦後70年に起因した行動だということを考えればこの矛盾した国民意識は今後徐々に改善に向かう、可能性も期待できる。
次に、上述した傾向をもう少し具体的に見てみる。
まず、相手国に対する印象は、なぜ改善に向かったのか。日中共同の世論調査は2005年に始まり、以後、毎年行われ今回で11回目となる。中国人の相手国に対する意識は2013年にこれまでの調査で最も悪くなり、その後、わずかに改善に転じたが、日本人は2014年も悪化し続け、最悪の状況が続いていた。ところが、今年の調査では、この日本人の中国に対する印象が88.8%と、昨年の2014年の93%をピークにわずかだが改善に向かっている。特に中国人の改善傾向は顕著で、日本に「良くない印象」を持つ人は2013年の92.8%から、今年の調査では78.3%と8割も切り、日本に対する「良い印象」も、今年は21.4%となり、昨年の11.3%から10ポイントも改善している。
こうした印象改善の背景に、政府間の首脳会談再開の動きがあることは間違いない。昨年の調査時点から、この1年で両国の首脳は2回会談し、関係改善の動きが政府レベルで始まっている。
しかも戦後70年に伴う、安倍談話に対する警戒心は中国でも高かったが、その対立を決定づける事件があったわけでもない。中国政府も談話に対する評価のハードルを下げ、それが決定的な障害になることを避けようとしていた。
私が、ここで注目するのは、両国の直接交流の増加の問題である。
過去10回のこれまでの調査では、相手国の渡航経験や知人の存在に目立った変化はなかったが、今回の調査では中国人に日本渡航経験を持つ人は7.9%となり、一昨年の2.7%から昨年の6.4%と順調に増加している。また、日本に知人がいる人も昨年の3.1%から、7.3%と増加している。
両国にこれまでの調査で見られたのは直接交流の遅れであり、それが故に自国メディアの情報に、相手国の認識を依存する構造である。
直接交流のパイプを持つ中国人は、特に日本に対するプラスの印象を持つ、ことも今回の調査で明らかになっており、これまで極わずかだった日本への訪問者や知人の数も今年の調査でわずかながら増加し、印象改善に寄与している。
もうひとつ、ここで見ておかなくてはならないのは、先に触れた中国国民の認識の中に併存する、2つの傾向に関してである。
例えば、日本、あるいは中国と聞いて、何を最初に思うか、との設問では通常、二国間関係が安定しているときには、中国人は日本と聞いて桜や、富士山等を連想し、日本人は中国に中華料理を想定する人が多くなるが、両国間で対立が深まると、歴史課題を最優先に揚げる人が増加する。
では、今回はどうか。中国人の上位は依然、釣魚島が50.6%(昨年は46.6%)や、南京大虐殺が47.9%(同35.5%)が並び、昨年よりもいずれも大きく増加したが、桜を選ぶ人も今年は35%と昨年の28.2%から増加し、2つの傾向が併存している。これに対して日本では、今年も大気汚染(36.8%)や中華料理(33.7%)という生活レベルの実感に基づく印象が上位をしめた反面、尖閣諸島が19.9%(昨年は28.6%)まで下がり、島の対立がやや落ち着き始めていることを反映している。
注目されたのは、お互いの政治傾向の対する基礎認識である。
中国では日本を「軍国主義」と見る人が今年は46%となり、昨年の36.5%から10ポイント以上増加している。日本を「軍国主義」と見る中国人が大きく増加したのは、この10年間の調査では尖閣諸島を日本が国有化する2012年と、戦後70年を迎えそのための取り組みをそれぞれの政府が行った、今年だけとなる。この1年、中国では日本を、軍国主義を考える人が10%も増えるほどの報道が成されたことになる。
これに対して、日本人は一貫としてこの10年間、中国を「社会主義、共産主義」と見ており、2010年からは中国の「全体主義」と感じる人が毎年増加しており、今年は44%となっている。
この間の10年間の世論調査では、歴史認識と日中関係では、国民感情は改善すれば、日中関係の発展につれて、歴史問題は徐々に解決する、という楽観的な傾向が増加し、逆の場合は、歴史問題が解決しなければ、両国関係は発展しない、などが増加する傾向がある。
しかし、今年は、日中関係の改善が足踏みする中で、歴史問題が解決しなければ、両国関係は発展しないが、47%と急増(昨年は31.4%)しており
歴史認識に関する厳しい声が中国でかなり活発になったことを伺わせている。今回の調査では、安倍談話に対する評価も両国民に聞いている。日本人はこの安倍談話に関して評価が分かれているが、中国人は7割を越える人が談話を支持していない。
2つ目の傾向は、日中の二国間関係の重要性に関する認識である。
二国間関係の関するこうした両国民の認識下でも、日中両国民がそれぞれ、お互いの関係を「重要」だと考える人は、昨年より増加している。
日本人で日中関係が重要、と考えるのは74.4%で昨年の70.6%を上回り、中国人も70.1%と、昨年の65%から5ポイントも拡大している。ただ、なぜ、重要だと思うのか、その答えは調査から直接見えてくるわけではない。
この重要性に関する理解はまだ一般的な隣国という理解に大きく依存しており、その理由はお互いに食い違っている。
日本人は、「重要な隣国だから」(58.5%)という一般的な理解に加え、「アジアの平和と発展に日中の協力が必要」という実質的な目的も55.2%と、半数を超えているが、中国人は「重要な隣国」が66.8%と7割近くになっており、一般的な理解に留まっている。
また、「日中関係の改善に最も有効なこと」でも両国民の考えは若干、食い違っている。日本人は「政治や安全保障関係の強化」が32.6%と最も多いが、中国人は「経済関係の強化」が31.8%と最も多く、その次に「文化的、人的交流の促進」(22.4%)と、「政治や安全保障関係の強化」(21.3%)で並んでいる。
ただ、この二国関係の重要性では、米国や韓国との重要性の比較を組み入れると、日中間関係の重要性の比較がやや可能となる。
例えば、両国民とも日中関係と米国と韓国の重要性を比べた場合には、「どちらも重要」という見方がそれぞれ半数程度で最も多いが、日中共に「対米関係の方が重要」がそれに次に多い。特に日米関係を重視する見方は日本により大きく、中国では日中関係の方が重要も14.5%存在する。
対韓関係との比較でも、「どちらも重要」が日本で54.3%、中国で43.2%と双方に最も多いが、日本人には韓国よりも中国が重要(23.5%)と考える人が多いのに対して、中国人には「対韓関係の方が重要」が35.5%と4割に迫っている。
3つめの傾向は、安全保障と経済に対する国民間の認識です。ここでは尖閣諸島に対する脅威感や安全保障に対する国民間の意識はやや落ち着きを取り戻したが、日本に軍事的な脅威を感じる中国人が増加している。
一方、日中の貿易や投資に関しては、双方、四割を越える人が、今後も減少する、と悲観的な見通しを持っており、この状況を改善するために、日本人は62.9%、中国人でも50.3%と半数をこえる人が、政府間関係の改善を望んでいる、ことも明らかになった。
ここでは、安全保障に関する意識に絞って説明する。この安全保障の問題はこの1年、両国にとっても大きな変化をもたらす課題となったからだ。日本では安保法制が可決され、集団的自衛権が可能となった。中国でも国防戦略が出され、南シナ海での米中対立も話題になり始めた。
日本で安保法制が成立したのが9月19日と中国での調査の後になっているために、今回の調査結果はそれに直接繋がっているわけではない。
ただ、両国民の意識はやや落ち着き始めているが、それでも日本に軍事的な脅威を感じる人は増加し、最も高い水準となっている。
尖閣関連での軍事紛争の可能性はあるか、との設問では、日本人は将来も含めると26.9%がその可能性があると見ているが、昨年(29%)よりはわずかだが減少している。中国で軍事紛争の可能性がある、と見る人は41.3%、と昨年の53.4%から10ポイント以上減少している。また、国民が考える領土問題の解決策では、日本では「速やかに交渉して平和解決を目指す」が46.2%と、昨年同様最も多い。
中国では、「中国の実質的なコントロールを強化すべき」が58.2%で最も多く、「日本に領土問題をあることを認めさせる」が50.3%で続いている。さらに、「速やかに交渉して平和解決を目指す」が43.6%で、昨年の32.6%から大幅に増加している。
しかし、中国人が軍事的な脅威を抱く国は、「日本」が81.8%と最多となり、「米国」の73.8%と続くなど、この二カ国が突出しており、「日本」が最も多くなったのは、11回を通じて今年の調査が始めてである。これに対して日本人が脅威を感じているには、「北朝鮮」(75.0%)が最も多く、「中国」(68.1%)が続いている。
中国人が、日本に軍事的な脅威を感じる理由は「日本が米国と連携して中国を包囲している」が64.1%で最も多く、日本の安保環境の変化が意識されている。これに対して日本が、中国に脅威を感じているのは、中国がしばしば領海を侵犯したり、領土対立などの紛争があることを指摘する人がそれぞれ72.5%と61.7%と最も多いが、中国の軍事力がすでに強大だからは41.3%と、昨年から10ポイント増加している。
最後は、北東アジアの未来に関する国民間の意識である。
ここでは、日中はアジアの将来に関して共存共栄が可能か、ということ、東アジアの将来を考えた場合、目指すべき価値観で最も重要なものは何か、を尋ねている。
両国民共に最も多いのは、「平和的な共存・共栄関係は期待するが、実現するかは分からない」であり、日本では58%(昨年は54.6%)、中国人は46.7%(昨年は50.3%)と、それぞれ半数が答えている。
「共存共栄が可能」と考えているには、日本人でわずかに8.2%、中国人でも19.4%しかない。逆に対立関係が継続する、と見ている人は日本で19.6%、中国で24.8%と、それぞれ2割程度、存在する。
今回、初めて質問に加えたが、東アジアが目指すべき価値観で、最も重要なものでは、日本人と中国人で、「平和」が最も多く日本で72%、中国で59.6%と、6割が平和を選んでいる。その次に多いのは、「協力発展」で、日本人の41.6%、中国人の39.6%がそれを選んでいる。
東アジアの将来に関しては、「平和」と「協力発展」が目指すべき価値観として、日本と中国の国民はおおよそ合意しており、これが、未来に向けた夢で有り、現在の課題であることが、明らかになった。
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