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「政治対話」では、松本健一氏(麗澤大学教授)と揚伯江氏(中国社会科学院日本研究所所長)による司会の下、「東アジアの平和・発展と政治の責任」という全体テーマを掲げたパネルディスカッションが行われました。
日本側からは、工藤泰志(認定NPO法人言論NPO代表)、逢沢一郎氏(衆議院議院運営委員長)、加藤紘一氏(日中友好協会会長)、明石康氏(元国連事務次長、国際文化会館理事長)が、中国側からは、趙啓正氏(元国務院新聞弁公室主任、中国人民大学新聞学院院長)、徐敦信氏(元外交部副部長、元駐日本国大使)、王泰平氏(中国国際問題研究基金研究員)、呉寄南氏(上海国際問題研究院諮問委員会副主任)が参加し、前半では「東アジアの平和と日中平和友好条約の今日的な意味とは何か」について議論が行われました。
議論の冒頭で、工藤は東アジアのガバナンスが不安定化している現状を踏まえて、「主権が絡む問題では相手国に対して妥協ができず、問題の解決を急げば国民のナショナリズムを刺激してしまい、かえって問題の解決から遠ざかってしまう」という「外交のジレンマ」が存在することを指摘。そこで、冷静な議論を作ることができる民間の役割が重要になると主張しました。
また、言論NPOが行っている様々な有識者調査の結果を紹介し、尖閣諸島問題について日本の有識者が懸念していることは、領土問題本体の解決ではなく、「偶発的事故による軍事紛争の発生」と「ナショナリズムの過熱による本格的な対立」の2つに問題意識が収斂していると語り、まず事態のエスカレーションを防ぐための仕組み作りを優先すべきであり、これは現状の政府間外交では困難なため、民間主導で取り組むべきであると述べました。
続いて、呉寄南氏は、現在の日中関係について、尖閣における「棚上げの合意」など日中間に様々な認識の差があり、それが積み上がった結果、関係が悪化し外交が停滞していると分析した上で、このような困難な情勢だからこそ「知的で理性的な交流をすべき」とし、相互理解を深めて共通利益を模索していくことの重要性について強調しました。例えば、中国の大気汚染問題や日本の福島原発の汚染水問題など、その時々の重要課題に両国が共にチャレンジをすることで、日中関係を再起動する手がかりにしたらどうか、と提起しました。
それに対して加藤氏は、尖閣問題に関して、「日本にも中国にも口では勇ましいことを言う人は多いが、本気で戦おうと思っている人は決して多くはないのではないか」と両国の国民感情の深層を分析。本音で議論することの重要性を説き、「この『東京-北京フォーラム』をそのような本音の議論にするべきだ」と提案しました。
王泰平氏は、尖閣問題は「中日両国にとって避けて通れない問題である」と述べ、係争が存在することは客観的事実であるので、この事実と歴史を直視すべきである、と日本側に迫りました。さらに、問題の存在を認めれば、これをベースとした交渉、対話につながり、事態のエスカレーションを抑えることができる、と述べました。さらに、「主権は共有できないが、資源は共有できる」と述べ、東シナ海を「平和の海」とするためには、日中が尖閣周辺の資源の共同開発に乗り出すべきである、と提案しました。
逢沢氏は、「世界経済を牽引する東アジアの中核である日本と中国の関係改善には、世界から大きな期待が寄せられている」、と述べ、「絶対に両国の衝突は避けなければならない」と強調しました。さらに、尖閣問題を共に乗り越えることで、日中両国は幾多の戦争を乗り越えたドイツとフランスのような「大人の関係になれる」と語り、そのためには「国民一人ひとりのレベルで相互理解を地道に進めていき、互いに対する不信の芽を摘み取るべきだ」、と主張しました。
徐敦信氏は、35年前の日中平和友好条約の交渉に関与した経験を踏まえて、尖閣問題の歴史的な経緯を説明し、「日本政府は交渉の全てを公開せず、一部だけを切り取って公開している」と批判。王氏と同様に日本側が領土問題の存在を認めることと資源の共同開発を関係改善のための方向性として提示し、「欧州、アメリカから世界経済の主導権が戻ってきた現状は大きなチャンス」であるので、尖閣問題にとらわれて日中が協力できずにこのチャンスを逃すことは、「東アジアの未来に対する罪である」と主張しました。
明石氏は、領土問題の棚上げ論は「問題の終局的な解決ではないため、再燃のリスクを常に抱えることになる」とその実効性に疑問を呈しました。さらに、国連事務次長時代の経験から「戦争はほとんどのケースで計画的ではなく、偶発的に起こるものである」と述べ、だからこそ「偶発的事故を防止し、事態のエスカレーションを防ぐ仕組み作りが重要である」と主張。また、歴史認識問題について、戦後日本の平和国家としての歩みを鑑みて、「1945年以前の日本とそれ以降の日本は峻別して評価してほしい」と中国側に要望しました。そして、国連が主導する平和創出にも積極的に貢献していくため、「日本が憲法解釈の変更や集団的自衛権について議論をしていても、それは平和目的という側面もあるので、一概に『右傾化』しているとはいえない」と述べました。同時に、歴史認識について、これまでの日本は「被害者意識が先行していた」と述べ、反省を続けることの重要性についても指摘しました。
最後に発言した趙啓正氏は、あたかも現在の日中危機を予見したかのような日中平和友好条約を締結した先人たちに敬意を払いつつ、「先人たちは将来世代である私たちの知恵に期待してこの問題を託したのだから、中日両国全体でその期待に応えなければならない」と日本側に強く呼びかけました。またその一方で、安倍首相の発言をはじめとする日本側の歴史認識に関する姿勢に懸念を示し、「中日関係は二国間関係にとどまらず世界全体に強い影響を及ぼす」と述べ、日本側に自制を促しました。
「政治対話」の後半では、主に会場からの質問に回答する形式で進行されました。
まず、「日本に歴史修正主義的な動きがあることについてどう考えるか」という質問に対して、松本氏は「日本はあの戦争を『太平洋戦争』と呼んでいるため、日本では中国と戦争をしたということを忘れがちになるのではないか」と指摘し、「アジア解放を理念として掲げていたが、実態は侵略だったということを、若い人たちにしっかりと教えていかなければならない」と語りました。
「日本の政治家の靖国神社参拝によって中国人の感情が傷つけられている」ことへの見解を問う質問では、例年、靖国神社に参拝している逢沢氏は、「戦没者に向き合うことで、戦争を忘れず、二度と戦争を起こさないという決意を新たにするために参拝している」と回答。加藤氏は、「靖国神社は反中国的なものではなく、性質としてはむしろ反米」と説明した上で、「日本人も自分たちの先人にいかにして頭を垂れるのか、あの戦争をどう考えるのか、ということについては、いろいろと迷っている最中なので、靖国に対する『答え』が出るのにはまだ時間がかかる」と述べ、中国側に「猶予」を求めました。
また、楊氏は「来日したケリー米国務長官が千鳥ヶ淵で献花したことは、靖国神社参拝問題における日本に対する一定のメッセージになっていくのではないか」という見方を示しました。
「日本社会の右傾化は一部の傾向に過ぎないのか、それとも普遍的なものになっているのか」という質問では、王氏は、安倍首相の歴史認識に関する一連の発言や改憲への動き、安全保障政策における中国封じ込めの動向を踏まえて、「日本が右寄りの方向性に傾きつつある」と指摘しました。
それに対して趙氏は「何が右で何が左なのか、その概念は曖昧である」と安易なレッテル張りに対しては注意を促すとともに、「少なくとも国民レベルでは右傾化していないのではないか」という見解を示しました。
一方、加藤氏は、辛亥革命を成し遂げた孫文を支援したのは日本の右翼だった、ということを紹介し、「かつては右翼勢力の方が中国と親和的であった」と述べました。その上で、「現在の日本の右翼は中国を敵視しているが、なぜこのような逆転現象が起きたのか、その経緯を勉強してみると日中関係の歴史を良く理解できる」と参加者に対して「宿題」を出しました。
「日中両国は大国として、東アジア地域の秩序を積極的に構築するべきではないのか」という問いかけに対して逢沢氏は同意し、「韓国も含めた東アジア全体が一致結束すれば、世界における様々な課題解決に向けた動きをリードすることができる」と、その意義を語りました。
また、中国人の参加者から「日本の報道は反中国を煽るような偏った報道なのではないか」という質問が出されたところ、日本人参加者から「あたかも日中開戦前夜のような報道を繰り返している中国の報道こそ偏向しているのではないか」と反論がされるなど、参加者同士で「対話」がなされる一幕もありました。これに対し、王氏は「日本に対する中国メディアの報道は客観的で公平でない面もある」との認識を示しました。
最後に、日本側を代表して加藤氏が、中国側を代表して趙氏がこの政治対話を終了するにあたっての所感を述べました。ここでは、両氏ともに会場に多くの若い参加者がいたことに触れて、「これから何世代にもわたってじっくりと日中関係を再構築すべき」という点で認識が一致。約3時間に及んだ議論が締めくくられました。
言論NPOは2001年に設立、2005年6月1日から34番目の認定NPO法人として認定を受けています。(継続中) また言論NPOの活動が「非政治性・非宗教性」を満たすものであることを示すため、米国IRS(内国歳入庁)作成のガイドラインに基づいて作成した「ネガティブチェックリスト」による客観的評価を行なっています。評価結果の詳細はこちらから。