. 2/3 - ページ 2

後半報告

 メディア対話の後半部では「日中メディア間の交流と協力を強めて、両国民の相互理解と信頼を促進する」をテーマとして議論が交わされました。前半からは参加者が一部入れ替わり、パネリストとして、日本側から木村伊量氏(朝日新聞社ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長)、会田弘継氏(共同通信社編集委員・論説委員)、飯田政之氏(読売新聞東京本社文化部長)、原田誠氏(NHK国際放送局長)、山田孝男氏(毎日新聞政治部専門編集委員)、中国側から馬為公氏(中国国際放送局副総編集長)、張明新氏(中国新聞社副総編集長)、呉長生氏(人民日報高級編集者)が出席し、司会は引き続き国分氏と陳氏が務めました。

 後半部は討論を中心に進められることになりました。まず、司会の国分氏は、前半の議論について(1)両国がお互いに持つイメージが悪化しているか、悪化してないか(2)世論調査の結果と現実は乖離しているのか(3)世論とメディアの関係性はいかなるものか、の3点において意見が分かれた、とまとめた上で、今年は特にメディアと世論の関係について討論をしたいと述べました。

 

zentaisyashin media kouhan1 まず、木村氏が発言し、「中国では行き過ぎた抗日戦争の過度の報道や歴史教育などの問題があり、日本では中国メディアは共産党の代弁者だと日本人の多くは思っているが、一部では複眼的に物事を見ているメディアもある」ということを指摘した上で、お互いにステレオタイプ化することは良くないと述べました。

 この意見に対して馬氏は、「中国の日本に対する報道について日本は何も知らなかったはずだ」と反論しました。その上で、日本の報道は中国への批判やマイナス報道が多いと感じるということ、そしてメディアは両国の相互理解を深めるのに重要な役割を果たすと述べました。

 会田氏はテーマである「メディアの責任」について、メディアの責任は、人々が世界を理解する手助けをすること、事実を探り当てることに責任があるという考えを述べました。この意見に対して、張氏はメディアの報道は世間に影響を及ぼすと述べ、加えて、相互信頼について、民間交流ではメディアが先に立つことが必要であると述べました。

 続いて、飯田氏は、日中共に9割が相手国の情報源をメディアのニュースに依存していることを問題視し、この割合を下げていく必要があると述べ、また、「両国の相互理解を進めるのは普通のメディアよりも映画などの文化交流の方が影響力が大きいのではないか」と述べました。

 呉氏は、メディアが相互理解を阻むこともあり、メディアは自己を規制することが必要であるということ、また、言葉だけでなく実際に行動していくことが必要だと述べました。

 次に、山田氏は「メディアは大衆の批判を受けようとも怖がらずに意見を述べるものである」と述べました。そして、中国の経済雑誌「財経」という雑誌のトップ60名が突然全員辞めた理由は政府の圧力であるのかと中国側に対して率直に質問しました。

 原田氏は、自身の経験から、中国のメディアに関しては「最近は少しずつ中国メディアが自由になってきているのではないか」という見解を示し、自身のメディアに対する考えとしては、例えば中国の政治経済や日中関係を報道するのは義務だが、中国国民の暮らしや何を求め、どう暮らしているのかということを報道するのも重要だということで活動をしていたと述べました。

 ここで一旦国分氏がここまでの討論を総括し、政治関係が安定したのに、お互いのマイナスイメージが固定化されたままで好転しない理由は、政府に対する批判がメディアの中にたくさんあり、政府の外交についての良い動きがきちんと報道されていなかったのではないかと述べ、メディアの持つべき公共性が商業主義とうまくかかわっていかなければいけないところに難しい問題があるのではないかと指摘しました。

 これを受けて馬氏は、田原聡一郎氏より日本の天皇をどう考えるのかと聞かれて日本の国民が決めることなのでコメントできないと答えたというエピソードを紹介した後、報道の自由について、「報道の自由は異なる国で異なる理解がある」と強く主張しました。

 会田氏は、天皇制にノーコメントとした馬氏の態度を批判し、「このグローバル化した社会では他国かどうかにかかわらず、どんなことにも意見を表明していくのがジャーナリズムではないか」と述べました。

 呉氏は、中国のメディアを取り巻く環境に関して、「財経」のような雑誌を作る会社が存在することは30年前だったら考えられなかったことであり、それが存在したことだけでも中国がかなり変わってきていることを示していると応えました。

 また、木村氏はメディアがいつも悩むのが読者という市場であり、売れないといけない、売れればいいのかというとそうではないと述べました。

 
nihonngawapanerisuto media kouhan3  ここで、フロアからの質疑応答の時間が設けられ、この日午前の全体会議の同時通訳を担当した女性が、自分のメディアの役割に関するエピソードを話しました。そのエピソードの内容とは、「自分が初めて日本に旅行したときに日本人が老若男女問わず漫画を読んでいるのを見て日本人は皆頭がおかしいと最初は思ったが実際に自分も漫画を手にとって読むことで、そのような考えは頭から消えた。この経験で自分が学んだのは相手の立場に立った上で発言するべき、見ただけで発言するのはおかしいということであり、これは通訳の仕事でもいえることで、メディアの責任は通訳の責任とも似ていると思う。」というものでした。

 また、女性はもう一つ「四川大地震の際、わざわざ日本の救助隊がきてくれて感謝しているが、この救助隊のうちの1人が生きている方を見つけられず、救助隊を辞めてしまったという話を中国メディアは伝えた。中国人は皆その人のことを心配している。その人はどうしているかわかるなら聞きたい」という質問をしました。この女性の話を聞き終えた後、司会の国分氏は「とても感動的な話をありがとうございました」と静かに述べました。

  その後フロアの下村氏から質問があり、「メディアは、権力を持った人をチェックすることが責任だと思う」と述べた後、資本主義の中ではメディアはスポンサー問題に悩まされるが、 中国も資本主義と同じように、スポンサー問題に悩まされるのかと中国側に質問しました。これに対して、フロアの王氏が、「メディアの三要素とは読者、編集、スポンサーの3つであり、これら3要素が重なる部分、つまり全てが満足する領域が存在する」と答えました。また、会田氏は「我々の社会のシステムは、より少ない悪の中を選ぶものであり、政府に牛耳られるよりは経済的な要素を持つシステムの中で生きていくほうがいいということだ」と述べました。

 また、張氏から発言があり、文化交流について飯田氏の意見に賛同し、文化交流促進のために、大人にもいいコンテンツを提供できる方法がないか期待していると述べました。

 ここでフロアから中国側に対して、共同通信社の記者に対して暴行があった事件について、このような事件は頻繁に起こるのかという質問がありました。この質問に対して呉氏は、中国メディアは変化しており、暴力は許されているものではなく、今回の事件は個別の事件だと述べました。

 
 最後に、国分氏は中国のメディアに対しては、グローバルパワーとなった中国の読者の視点をずらして役割を担ってほしい、そして、日本のメディアに対してはもっと夢をもった報道をし、もっと広い活動をしてほしいと要請しました。そして両国のメディアにはお互いの魅力を見出していくという責任があるのではないかと主張しました。陳氏はインターネットなどを通じてより活発的、より幅広い交流を目指すことはメディアの使命だと述べ、馬氏が中国の中には日本のいいところを理解している人もいるのだということを主張したところで定刻となり、議論は終了しました。

カテゴリ: 2009年 第5回